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やんばるおじさんの日常

国際協力、ソフトボール、映画、考えることが趣味の農学部4年生です。自分が考えていること、感じていることを外に出して確固たる考えにするようなそんな場所。

自分を幸せにできるのは自分だけ?

こんばんはやんばるおじさんです。

突然なんですけど、ブログ書いてる人ってどうやってその日書きたいことをスタートさせてるんですかね。

普通に今日は〇〇の話します!って感じでのスタートなんですかね🌝

でも僕今日「幸せ」の話しようと思って書き始めたんですけど、もうタイトルからして重いじゃないですか。

しかも二回目で。一回目もまあまあ重かったのに、鬱ブログかよって感じになりません?

そんなに見てねえから気にすんなって感じですか。そうっすよね。

まあ、あとで見返したら恥ずかしくなるだろうなこれ。とかいろいろ考えてたら早速更新だるくなったけど、気力で書いてます。

 

ということで今日は「幸せ」の話をします。

(そんなに重くないよ)

この前友達とラインしてて、あることで落ち込んでた僕に友達が言ってくれたのですが、

峰不二子の名言おしえたるな」

「自分を幸せにできるのは自分だけやで」

「あれ?峰不二子やったかな?」

みたいなことを言ってくれたんですよ。

まあ、峰不二子が言ったかどうかは置いといて、影響されやすい僕はパネエ!峰不二子パネエ!って思ってました。

そっか自分を磨くことが幸せへの第一歩か。深いなあ世紀の泥棒の恋する女深いなあと思ってました。俺を幸せをできるのは俺だけかうおおおおとか思いました。

 

時は変わって今日の電車。前みた本木雅弘主演の『永い言い訳』思い出してたんですけど、その中で『人生は他者である』って言葉が出てくるんですよね。

それ思い出してああ、やっぱりもっくん深いなあ。人の為に生きるってことが結局自分の人生に繋がってるのか。うんうん自分の人生のもやっぱり他者に対して何かを生産して社会に対して何かを生産してこその人生だよな。それが幸せだよな。もっくんぱねえなあ。こんなしぶい40代になりてえなあと思ってました。

 

と、ここでふと思っちゃったんですよ。

結局自分を幸せにできるのは自分なの?他者なの?え。こわ。って。

まず影響されやすすぎる自分に対して驚き、結局幸せってなんなんだと思いました。

 

で、電車に乗ってる間迷った挙句たどり着いたのは

「自分の幸せは自分にしかわからないな」

っていう小学校の道徳で教えられそうな結論。

自分の幸せの基準は自分にしかわからないし、ただ単純に人に優しくしたり他者と関わることが自分の中で幸せとして消化しやすいのかなと。

だから僕は人の為に動くことが好きだし、人の為にできることはするけどそれが結局自分のためになってるから、色々やってるんだなって。人がどうおもうかより自分がどう思うかってのが大事なんだなって。

やっとこさたどり着いた簡単な結論。

ちゃんと自分の感性を大事にしていこっておもいました。(やんばるおじさん 21さい)

 

ということで今日考えてたことはこんなもん。

結局まあまあ重たいな。クソして大学いこ。

それでは。