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やんばるおじさんの日常

国際協力、ソフトボール、映画、考えることが趣味の農学部4年生です。自分が考えていること、感じていることを外に出して確固たる考えにするようなそんな場所。

余裕

あけましておめでとうございます。やんばるおじさんです。

もうすでに、1月も終わりですがあけましておめでとうございます。

 

卒論書いて、筋トレしてnever young beachのお別れの歌の小松菜奈みて、割と充実した学生生活を送らせてもらってます。卒論→卒論→筋トレ→小松菜奈→卒論→筋トレくらいです。

 

そういえば先日やんばる地域がついに世界自然遺産に推薦されましたね。世界遺産は日本に割とあるけど実は世界自然遺産は、知床、屋久島、白神山地小笠原諸島の4つしかないって知ってました?

ちなみに、富士山は、実は世界文化遺産なのです。

 

とまあ、前置きはさておき新年一発目らしく2017年の抱負を書いておきたいです。

まず、これ2000年くらいから続いてることですが、僕はきにしいです。

ビクビクしてるのを隠して周りに優しくしたり、ずっと話してたりします。

バイトでクソしょーもないことが気になったりとか、卒論のめっちゃ細かい文章が気になったりだとか。

まあ、よく言ってしまえば、周りに気を配っている状態。悪くいえば少し周りを気にしすぎです。

もちろん良いところでもあるんですけど、欠点の一つなのかなとも思います。

ただ、これで20年くらい生きてきてるのでもう変わらなくね?とも思うわけです。

 

だから、2017年は自分にとってストレスにならないように少しだけ変えたいと思います。

(無理だってなると続かないから)

なので、今年の目標は「ちょっぴり余裕のある男」にしたいと思います。

周りのこともきにするけど、ちゃんと決断する時は決断することができると余裕って生まれるのかなって。

周りを気にすることと周りを気にしないことを両立するのは難しいけど、今まで周りを気にしてやってこなかった選択をしようと思います。

ちゃんと「これはいらないよ」「これは俺の興味じゃないよ」っていう選択しない選択をもやっていきます。

 

周りは僕のことを、僕が思ってるより気にしてないし、僕にとっての大きな悩みは周りにとっては全然大きい悩みじゃないのです。

結局、最後に決断するのは自分なので、自分に余裕がもてるように今年は自分で多くの決断をして「ちょっぴり余裕のある男」を目指したいと思います。

 

小さな決意表明 2017.1.22

 

 

 

 

 

自信について

こんばんは。

クリスマスに卒論提出1回目があるやんばるおじさんです。

 

前からちょくちょく言ってるんですけど、僕自分に自信がないんですよね。

なんでかな〜ってずっと思ってたんですけど何となくその理由がわかった気がします。今日!自転車で鶴の夜を越えてを熱唱しながら帰ってる時に!

 

僕はずっと決断する時に、自分で心から納得して決めてなくて全部周りありきで決断してきたんですね。って。

 

まあ、ある程度周りと比べないと決断できないのは仕方ないんですけど。

例えば大学も好きな子が行くからこことか

学科も周りと違うからこことか

部活も周りからかっこよく見えそうだからこことか

 

それが完全にダメなわけではないですけど

やっぱり自分で心の底から納得してそれが良いって思って選ばないと周りのせいにできちゃうんですよ。

字面ではなんとなくわかってたことを今日初めて心から実感した気がします。

全くもってこれが経験なんだなって思います。

 

まあ、周り基準で決めてしまうのは完全に悪いことではないですけど

意識するのとしないのとでは大きく変わってくるのかなって。

だから明日からはちゃんと自分で選択して時には捨てる選択もして選んで行こうと思いました。それだけ。

 

 

お金という宗教

こんばんは。やんばるおじさんです。

最近は卒論が忙しくて全然更新できてませんでした。唯一の読者に文句を言われました。

パーマを当てました。

 

 

突然なんですけど

来年仲の良い友達とルームシェアをしようと思っていてそれで親を説得するために色々考えています。

引っ越そうと思ってるところは大学から遠くなるんですが、他の利便性は上がるというところで、、、

 

で、そのために

そういう大学から遠くなることと家賃を比較してるんですけど、

ふと、絶対的な指標って現代ではやっぱりお金なのかなって思いました。

どういうことかというと

違う土俵のものを比べる際にそれらを同じ土俵で戦わせようと思ったら何かに変換しなくちゃいけないじゃないですか。

今回で言ったら家賃が安いというメリットと大学から遠くなるというデメリットとか。

で、それらを比べるために一番みんなの中でわかりやすい測りって結局現代ではお金なのかなって。

経済学の機会費用って考えかた使えば、時間も一応お金に変換することできますし、なんなら僕が今やってる研究も自然をお金に換算するものですし。

 

そういう意味ではお金って結構現代における宗教みたいなものだなって。

 

宗教ってみんながどういう風に動くかを決定する要因じゃないですか。たとえば神が見てるからこうしようとか、日本だったら神道もあるんで物を大切にするように動いたりとか。

それとおんなじでこういう風に動くと〇〇円得するからこう動こうってのも結局宗教と大差ないなって。

それがよいかどうかはおいといて、やっぱり現代のおっきな指標の一つにお金はあるんだな〜って思った話でした。

 

そのシステムを変えるのが良いのか。そのシステムに則って主張するかはその人次第だと思いますけどね。

 

それでは。

 

 

バランス

こんばんは。

フェイスブックに投稿したら「いいね」たくさん来て嬉しいなって思ったけどそれってかなり人の「いいね」に左右されてるなって思ったやんばるおじさんです。

 

たぶん一週間くらい前からツイッターのアプリを消して、たまにグーグルから見るくらいにしてます。

他人の評価ってかどこかで誰かとつながっていたいっていう欲を封印しようと思ってアプリを消したわけなんですが、やっぱり自分と向き合うのって結構しんどいですね。

 

ネット見てたら自信を持つための方法の一つに自分を認めてあげるってのがあって

そのためにはできない自分を認めてあげましょうみたいなのが書いてありました。

僕のやなところってなんだ?って思ったんですけど優しすぎるとか決断力がないとかなんですよね。それって結局自己肯定感がないから他人に責任を求めてるんですけど、

 

それを変えたくて調べてたのに調べた結果それを変えなくて認めてあげることが解決策だよって言われて鬼のように困惑してます。

なんだよ世の中矛盾ばっかりじゃんか。

 

まあ、でもそんな意味わからんことばっか考えてても結局よくわかんなくなっちゃうんですよね毎回。で結局考えんのめんどくさってなってある程度直感で生きよその場で判断しよってのに落ち着く。

 

これってなんか哲学の行動規範とかでも似たような話があった気がする。

行動の指針として

①先の結果を見据えて動く人

②目の前の判断で動く人

③自分が尊敬する人はどう動くか考えて動く人

がいて君はどううごきますか?みたいなのをやった気がして。

 

僕は基本的に現代の人って大体③で動いてる気がする。①と②があってその間に③がある。

そのバランスが難しいよな〜って感じた記憶があります。

僕はかなり①よりの②ですね。

伊坂幸太郎の砂漠に出てくる西嶋くんとかは完全に②。彼を尊敬してるんですけどそれってたぶん自分にはない振り切った生き方をしてるからすげーなってなるんだろうな〜

 

まあ僕の今の状況は完全に①よりの②だからそこは肯定してあげなきゃいけないのかな。

うーむ。人生って難しいな。バランスが大事だ。

自分の中のバランスをしっかり見つけなきゃ〜って感じで思考が整理されたので今日はこの辺でおわろ。

 

 

 

 

 

 

選択肢の話

 

 こんにちは。やんばるおじさんです。

最近酒飲んで銭湯行って映画見に行くって言う最高の夜のすごし方にはまっています。

昨日はユージュアルサスペクツみました。

いやあ、そんなに期待しないで見たらおもろかったです。

なんていうか見終わって、心地よい気持ち悪さが残る感じがよかった。

言ってしまえば、一番弱そうなやつが悪だったってだけの話なんですけど、

まさに大どんでん返しって感じの映画でした。

最後まで見て結局どれがほんとでどれがうそかわからないから、気持ち悪さが残るのかなって思います。

あくまでどの予想も推測でしかないし、答えがない。見てる側に選択肢が多いってのがすごいです。

 

そういえば全然関係ないですけど無印の商品とかも選択肢をお客さんに持たせてるの多いですよね。

リビングでもダイニングでも使えるテーブルとか。人をだめにするソファも使い方は結構人に任せられてるし。

で実際結構売れてるわけだし。

選択肢が消費者に残されてるものってもしかしてヒットしたり、注目集めたりすることおおいのかな。

たしかこれまた全然関係ないけど、開発経済学でもアマルティア・センが選択肢のない事が貧困だみたいな話してたきがするし、選択肢があるかどうかって結構大事な話だな。

たぶん今の僕にはたくさん選択肢があるけど単純にどれをえらんでも、他の選択肢が多すぎて他のがうらやましく見えてるんだろうな。

ちゃんと今の現状満足することがほんとに大事だなっておもった所存でございます。

先進国の人って選択肢はあるけどその選択肢の選び方にがんばって自分を投影しようと自己実現しようとがんばりすぎて苦しんでる感じあるし、

現状に満足しつつ、ゆらっと生きていこうとおもいますた。

ユージュアルサスペクツからはだいぶ離れたけど良い映画でしたので皆様も是非。

 

自分ルール

こんばんは。

やんばるおじさんです。

卒論の中間報告も迫ってきて忙しくなってくるかとおもったけどそうでもありません。

びっくり😲

びっくりて漢字で書くと吃驚なのね。吃驚。

とある鋭い友達とラインしてて、自分に自信を持つためにはどうしたら良いのかなという話をしてたら、その人は『自分ルールをもつ』のが良いって言ってました。

 

その友達、かなり鋭くて、思ってること(その時そう思ってないと思っていても)ずばずば当ててくるんです。

で、後から見てああほんとに当たってるじゃんこいつすごいなあって感心することが結構あります。

 

で、とりあえずその友達が言うことは概して正しいことが多いので自分ルールを持ってみようかなと思います。

まあ、その都度自分ルールなんて更新していくものだと思うんですけど、それが義務感にならないように無理のない範囲で守れるものが良いなと思いました。

勉強とかもそうですけど、勉強会とか宿題とかなった瞬間急にめんどくなりますもんね。

というか、なんなら『ブログを始め無理のない範囲で書く』とかも自分ルールなのかな。

 

とまあ、自分ルールを一個ずつ作っていこうかなあって思った話ですので、たまにブログでもそのルールが出てくるかもしれません。

 

それでは。

 

 

『経験』について

こんばんは🌇

やんばるおじさんです。

昨日は無茶苦茶うまいおでん🍢を食べにいってうまい酒🍺を飲んで気分が良いです。

昨日bshopって買ったズボンがきれい目にも履けるしスポーツでも使えるし最強のパンツすぎて気分が良いです。毎日履いてます。

 

『フォトグラファーインニューヨーク』という映画を見ました。

本当に大きい映画館とかじゃなくて小学校改装したみたいなちっさい映画館で見ました。見てる人合計で5人くらいしか見てなかったんですけど雰囲気が超良かった。どうして今まで知らなかったのかと思えるくらい。

 

 正直映画の内容はそこまですごくおもしろい!って感じではなかったんですけど、ニューヨークで活動する写真家15人のドキュメンタリーって感じです。

まあ、詳しくは言わないんですけどやっぱり

好きなことやりたいことを仕事にしてる人って覚悟が違うよなって思いました。

覚悟が違うと、どんな決断も勇気を持ってできるしそれに伴う経験も全然変わってくるよなって。最近本当に自分の経験で自分の言葉でかかないとダメだなと切におもうんですよ。

 

ほら、僕大学一年生の時、東南アジアに行ったじゃないですか。バックパックで。

カンボジアに行ってもっと世界みてみたいなって思って部活やめて、親の反対おしきって東南アジアバックパックに行ってきたんですけど、そういう時の経験ってやっぱり今でも自分でした経験だから人にちゃんと話せるし、なんていうか完全に僕のものだとおもうんですよ。

それは学生団体しててもそうだし、部活しててもそうだし。でも何事も哲学持って自分で初めて経験してみになるのかなって。

誰かが言ってたよってそれじゃ意味がないとおもうんです。(偉そうなこと言ってるけど早く親に東南アジアのお金返さなきゃ)

 

 よく、東南アジア行った大学生が価値観変わった!!って言ってるじゃないですか。

で、それをみてそんなんで価値観変わるかよって批判してる人もたくさんいるじゃないですか。

まあ、僕はどっちでもよくて、その批判自体も価値観変わったことを報告するかどうかなんて本当にどうでもよくて、価値観変わるかどうかはわかりませんけど、本人が自分たちで決断して、しっかり自分の経験にできてるならそれで良いんじゃないのかなって思います。

ちゃんと自分の経験してる人の方が話は面白いしセンスがあるし深みが違う。

僕も決めつけないでニュートラルな心で色々な経験をあと少しな大学生活でしたいなって思います。

そのためには着飾らずにわからないことは素直に受け止めて聞いてていつでも勇気を持って飛び出さなきゃっておもいます。

 

それでは。